夢で、また逢えたら

オペラ、バレエが大好き。2009年に人生で初めてジャニーズの嵐と出会い、V6三宅健が気になりだし、2016年春に華麗なダンスとアクロバットで魅せるSnow Manに完全陥落。Je t'aime et je t'aimerai pour toujours.

ジャニーズのこと①

今回、このブログで初めてジャニーズのことを書いてみようと思います。

 

オペラとバレエのことを中心に今まで書いてきていますが、なぜいきなりジャニーズ!?という感じでしょうか。いや、私にとってはオペラも、バレエも、ジャニーズも、パフォーマンスのタイプが異なるだけでどちらも素晴らしい舞台芸術だと思っています。敢えて言わせて頂くなら、どちらも総合芸術を極めています!

 

ジャニーズのことを知らないクラシック・ファンの皆さんは「え?ジャニーズ(失笑)?」と思われるかもしれれませんが、一度コンサート会場に足を運べば、ジャニーズの面々がパフォーマンスする舞台がどれだけ楽しい空間なのかがわかります。

少々語弊があるかもしれませんが、クラシックは舞台の上から放出されるエネルギーを受け止める、舞台の上で奏でられる音楽を堪能する、つまり、ある意味受け身で楽しむことが多いと思っています。

一方、ジャニーズのコンサートはコール&レスポンスを楽しんだり、時に一緒に振付けを楽しむ全員参加型。今までジャニーズ以外のJポップスや海外タレントのコンサートに何度も足を運びましたが、ジャニーズの空間は明らかに他とは異なります。

語彙力も表現力も乏しい身にはどう表現していいのか本当に困ってしまうのですが、そこには「ザ・エンターテイメント」というものが存在しており、ジャニーズ・アイドルの皆さんたちは年齢の高い低いに関係なく、誰もが老若男女全てのファンを楽しませることを使命として全身全霊で「アイドル」しています。

 

音楽の種類も異なるし、当然のことながら歌い手の技量も違うけれど、総合的には双方大変素晴らしいものです。

クラシックを演奏するオーケストラはご存知の通り一流です。一流の中でも更にレベルに差があり、一流の中の一流の奏でる音楽はそれこそ至福。知らない間に涙が流れていることは多々あります。

 

でもね、皆さん!ジャニーズの音楽も実は一流なのです。一流のミュージシャンが演奏していて音に厚みがあります。編曲も細部までとても凝っているんです。過去から現在に至るまでのヒット曲を思い返してみてください、楽曲もとてもいいのです。歌に関しては「味がある」方の割合の方が多いのは否めませんが、坂本井ノ原のツートップを始めとするV6の面々、TOKIO長瀬くんのパワフルな歌唱、KinKi堂本剛くんの個性ある艶やかな歌声、嵐大野くんの素直で伸びのある歌声等々、一部しか挙げていませんが、上手な人達も数多くいます。

 

オペラやバレエは音楽がBGMとなって頭の中を流れるけれど、ジャニーズの歌は口ずさめる、カラオケで思い切り歌える、、、、(ちなみに、私はかなり嘘くさいイタリア語やドイツ語を駆使して鼻歌でオペラを歌います。)。

 

違いをあげればキリがない分、どこがいいのか挙げれば、それもまた違いの数だけ挙げることができます。でも、舞台にかける情熱という点ではどちらも同じだと思っています。

 

さて、書くぞ!と意気込んではみたものの、書きたいことが沢山ありすぎてまとまりません。「ジャニーズのこと」って何でしょう?

 

今日のところは一旦ここでストップ。

今考えれば本当にバカだと思いますが、最もアイドルにキャーキャー言う10代20代の頃、私はジャニーズという存在を否定していました。それどころか小馬鹿にしていたのです。そんなわけで当時はキラキラアイドルに見向きもしなかったこの私が、何をきっかけに、ジェットコースターで一気に駆け下るようにジャニーズにはまったのか、その話はまた次の機会に。

 

 

「ドン・カルロ」マリインスキー・オペラ(2016年10月10日)東京文化会館

10月10日に母と2人でマリインスキーオペラ「ドン・カルロ」鑑賞に行ってきました。

 

ゲルギエフが指揮するマリインスキー・オケ演奏@マリインスキー・バレエは今までにも何度か聴いたことがありますが、マリインスキーの「オペラ」を生で鑑賞するのは初めて。映像でしか観てこなかったマリインスキー・オペラがいよいよ生で観られる!聴ける!ゲルギー( = 指揮者のヴァレリーゲルギエフ)が拝める!

今までにも不定期に来日公演があったものの、なんだかスケジュールが合わなかったり、立続けの来日オペラハウス公演に金欠で諦めたり、と縁がなかったのです。

実は、今回も翌月に目が飛び出そうな値段のウィーン国立歌劇場が控えているということ、最近クラシック以外(= ジャニゴトです)の予定が立て込んでいて金欠に拍車がかかっていることもあり、散々悩んだのですが、うーーーーーーーん、思い切って行こう!と決めました。そして、もちろん行った甲斐がありました。

 

今回、キャストはもちろんですが、オケがバレエでの演奏とオペラでの演奏をどう違えてくるのかを確認するのが本当に楽しみでした。

そもそも、バレエの演奏は二軍オケというのは一般的なのですが、マリインスキーバレエの来日公演の際は1日か2日、必ずゲルギー指揮で一軍オケが演奏する日が設けられているのです。マリインスキーではもはや定番ですが、一般的にはなかなかそんな機会はないので毎回ゲルギー指揮のバレエが楽しみなのです。

 

話が逸れました。

まずはオケ。これはもう職人。トップの職人の仕事です。

主張しないオケ。屋台骨をしっかり支えるとでも言いましょうか、ゲルギーの下でとにかく演奏に徹しているところがロシアのオケらしくて。

但し、主張しないといっても単におとなしいとか地味な演奏なのではなく、とにかく最高レベルでの安定。バレエの時の軽やかさはさすがになくて、ここはやはりオペラ。歌い手を引き立たせるしっかりとした演奏でした。

 

メインのオペラはというと、楽しみにしていたフィリッポ2世役のフェルッチョ・フルラネットが期待通りの素晴らしさでした。

ドン・カルロ役のヨンフン・リーは1幕終盤からようやく調子が上がってきて、見せ場のロドリーゴ役のアレクセイ・マルコフとの「神よ、あなたの魂に」に間に合いました、良かった。。。。これはもう私のテッパン曲のひとつですから、これにこけられると後はもう聴く気にならなくなってしまうもので、肝になる一曲でもあるのです。欲を言えば、もう少し声量が欲しかった。

 

今回、マリインスキーにキャストされた男性陣は全て素晴らしくて、特にロドリーゴ(アレクセイ・マルコフ)。彼の歌う最期のアリア「私の最後の日」を聴きながら涙が止まりませんでした。これもテッパンなんですよね。。。

 

エボリ公女役のユリア・マトーチュキナも私の好きなタイプのソプラノで、高音が艶やかで伸びがあり、ロシアの歌手の層の厚さを再認識しました。

 

私は喉に引っかかるような歌い方をするソプラノが好きではないのですが、エリザベッタ役のヴィクトリア・ヤストレボヴァがそれで、聴きながら喉がイガイガ、、、、うーん。彼女は若くて美しい若手の歌手なので、今後はきっと諸々伸びていくでしょうからいい方向に行ってほしいものです。

 

合唱も声の層が厚く、さすがでした。

 

さて、書きたいことはたくさんあったのだけれど、2週間ちょっと経つと記憶も感動も薄れてしまいます。やはり面倒でも毎回きちんと書いたほうがその時の感動を文字にできるのかもしれないですね。備忘録として残せていると、読み返した時にその時の感動も一緒に思い出せますもんね。

 

母はその翌週「エフゲニー・オネーギン」を観に行き、今まで見たオネーギンの中で一番良かったと話していました。やはりロシアものはロシアのオペラハウスに限る、と大絶賛でした。

私は諸事情により土壇場になっていくのを諦めたのですが、まさに後悔先に立たず。あとに立ちました。。。。立ちまくっています(涙)。

 

舞台は一期一会、値段は高いけれど、それなりの価値があるものです。その価値以上の素晴らしい舞台に出会った時は心も身体も震えます。

今回の件も含め、体とお金が許す限り、本当に行きたいものは思い切ってしまったほうが後悔はないということも再認識したのでした。(でも、そう言い訳しながらいつも舞台鑑賞に飛び回っているため、私の財布はかなり薄く、最近は老後が心配になってきた。)

 

次回はウィーン国立歌劇場の「ワルキューレ」。

ウィーンの来日公演は3演目提げて来ますが、お値段はマリインスキー以上に高いので、今回は選りすぐって1演目のみの鑑賞です。

 

以前テレビで、ベルリン・フィルコンマスをされている樫本大進氏が、ワーグナーを完璧に演奏できるのはベルリン・フィルウィーン・フィルだけと話していました。

私もゲルマン・オペラはゲルマン・オケに限る!と思っていますので、これは絶対に見逃せません。今からもう楽しみで仕方ありません。

 

 

 

ボータ、素晴らしい歌をありがとう。

ヨハン・ボータが亡くなったという悲しいニュースが入ってきました。

間も無く開催されるウィーン国立歌劇場ナクソス島のアリアドネ」での出演を控えていたので本当に驚いた、と同時に、数日経った今、改めて悲しさがこみ上げてきます。

最後に彼の出演した舞台を観たのは、バイエルン国立歌劇場「ローエン・グリン」での舞台。本当に素晴らしい舞台でした。彼の朗々たるテノールが頭の中を駆け巡っています。

前の記事でも書かせていただいたマルセロ・アルバレスと同じく、2011年、東北地方太平洋沖地震が起こった年、放射能への不安から、来日が予定されていた様々な海外オペラハウスの公演でキャストのキャンセルが相次ぐ中、彼もまたマルセロと同じく急遽来日し、代役を務めてくれました。

また1人、素晴らしいオペラ歌手が舞台から姿を消しました。

どんなにカーテンコールをしても二度と観客の前に姿を見せることはありません。彼の生の舞台はもう観ることができないのです。

今はただただ、ご冥福をお祈りするばかり。合掌。

May his soul rest in peace.

 

〜 prologue (備忘録) 〜

以前勤務していた会社では、日本のお客様に向けて世界の経済情報等を配信しておりました。その情報の片隅に交代でコラムを書くスペースがあり、私も書き手の中の1人だったのですが、私が書く内容は主に趣味のオペラ・バレエのこと。(たまにそれ以外のこともありましたが)

大変有り難いことに、趣味を同じくされる方々、また、普段の生活ではなかなかお知り合いになる機会もないであろう方々とも、このコラムを通して接点を持たせて頂き、退職した今でも素敵なお付き合いをさせて頂くことが出来ております。

社長をはじめ、それをサポートしてくださったマーケティングの方々には今でも感謝の気持ちしかありません。

 

会社やお取引先の個人が特定出来てしまうような記事を除き、一部ではありますが、配信したコラムをこちらにまとめ、記録しておくことに致しました。

あくまでもお客様向けに書いたものですので、あたりさわりのない内容、非常にあっさりした内容となっています。

 

オペラ・バレエ以外の趣味以外に「ジャニーズ」という一見まるで異なるジャンルのように思われるような趣味も持っています。私にとってはオペラもバレエもクラシックもジャニーズも全て同列。非常に素晴らしい舞台芸術だと思っています。

 

一段落したらまた色々書き始めていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

「続・劇場に行こう」 ~ 丸ちゃん欠乏症につき ~ (2016年5月26日)

私の好きなオペラ歌手の1人がマルセロ・アルバレスです。

彼はアルゼンチン出身のテノール歌手で、大学で経済学を専攻し、卒業後は家業を継いで実業家として働いていたのですが、30歳の時に経営していた家具工場を売ってイタリアに移住し、オペラの道に進みました。それからたった1年で劇場へのデビューを果たし、そこからはあっという間に世界の一流テノール歌手の仲間入りを果たしました。まるで物語のようなオペラ人生です。

 

ネットで検索する彼はとてもハンサムですが、実際の彼は写真の中の彼と比べて約1.5倍くらいの大きさです。もしかしたら、今はもっと大きく成長しているかもしれません。

たっぷりの愛を込めて「丸セロ・豚バレス」というファンの方もいらっしゃいます(愛が詰まってます、本当です!)が、私を含め大半は「丸ちゃん」という愛称で彼のことを呼んでいます。

 

2011年、東北地方太平洋沖地震が起こった年、来日が予定されていた様々な海外オペラハウスの公演でキャストのキャンセルが相次ぎました。表面上は何やかや理由をつけてのキャンセルでしたが、余震への不安、その他の心配事等のニュースが世界中を駆け巡っており、不可抗力とはいえ何だかやりきれない思いでいっぱいでした。

そんな中、メトロポリタン歌劇場公演とボローニャ歌劇場公演、両方とも急遽来日し代役を務めてくれたのがこの丸ちゃんです。

 

その時期くらいから、歌いっぷりが円熟味を増して素晴らしくなってきていましたが、まだ若々しさも残っていて、強い志のあるメッセージ性の強い歌声を聞かせる一方で、青臭い若者の弱さや嘆きを切々と歌い上げるそのテクニックに胸がズキュン。それまでは「気になる歌手」だった丸ちゃんが一気に「大好きな歌手」に。この出来事がなかったとしても、そのあたりで確実に大好きになる、そんな美声をお披露目してくれました。

 

テノールの声は一般的に「テノーレ・レッジェーロ(最も軽く、高い声)」、「テノーレ・リリコ(最も一般的なテノール - 高らかで輝かしい声)」、「テノーレ・スピント(重量感があって力強い声)」、「テノーレ・ドラマティコ(テノールで最も重い声、ワーグナーで言えばヘルデン・テノール)」の4つに分けられますが、彼はリリコからスピントまでをこなします。正統なベルカントのテクニックの持ち主で、彼のベッリーニドニゼッティは素晴らしく、泣けるシーンでのドラマティックな歌声は女子男子の心を鷲掴みです。ヴェルディプッチーニなど、所謂ヴェリズモ・オペラでは、折角の彼のベルカントが崩れてしまう、と嘆く方もいますが、私は彼のヴェリズモも大好きです。つまり彼の歌は基本的に何でも好き(笑)です。

 

彼の声は張りがあり伸びがあり艶やかで、背も高いので舞台での見栄えもよく(豚バレスになる前は相当なハンサムでした。)、2013年のトリノ王立歌劇場「トスカ」公演を最後になかなか来日の機会がありませんが、映像で見る最近の彼は、以前にも増して存在感が大きくなっており(身体の大きさじゃなくて、、、、、いや、もしかしたら身体もそうかもしれない。)、早く次の来日がないかと首を長くして待っております。

 

ボローニャ歌劇場公演で彼が演じたのはビゼーカルメン」のドン・ホセ役。

翌々日に鑑賞を控えつつ、その日は別演目の「清教徒」を鑑賞しており、その幕間でシャンパンを嗜んでいたら隣のテーブルにサンドイッチ3箱を持って一気食いしている背の高い髭面のおじさん。よく見ると丸ちゃんではありませんか!!!

そっと隣に行き、「あなたの大ファンです、先日のメトロポリタン来日公演にも行きました!明後日も行きます!!」と話すととても喜んでくれて、彼の方から「一緒に写真を撮りましょうか?サインもしますよ。」と言って頂き、ペンを持っていなかったのでサインは諦めて写真を撮ってもらいました。すると、その様子に気が付いた他のオペラ・ファンの方々が集まってきて、丸ちゃんあっという間に完全包囲。そこで彼の言った言葉が

 

「ごめんね、彼女だけなんだ。」(と言って私をハグ。)

 

周りを包囲する丸ファンに申し訳ないと思いつつ、その時の私は床から15センチほど浮いていたに違いありません。

 

そして翌々日、「カルメン」鑑賞が終わった後、彼がファンにサインをしてくれるというのを事前に聞いていたため、一緒に撮った写真を大きく引き伸ばしたものを携えて、写真へサインを頂きに行きました。

「あー、君か、来てくれたんだね、有難う。」(ハグ )→ 周囲からの羨望の眼差し → 私、地上から30センチ浮き上がる。

 

こんな、ファンに優しいんだか冷たいんだか、いや、基本的にはとても優しい丸ちゃんですが、今月のスカラ座での出演を終えて間もなくチューリッヒブエノスアイレスで「トスカ」、その後ウィーンで「トゥーランドット」、パリ・オペラ座で再び「トスカ」。年末から2017年の年始にかけてNYのメトロポリタンで「マノン・レスコー」と「カルメン」、そのあとはチューリッヒで「仮面舞踏会」、、、、、彼のスケジュールは常にチェックして、東京での公演を待ちわびている昨今です。5年以上先まで彼のスケジュールはいっぱいとのことですが、その中に「Tokyo」が入っていますように。。。。いい加減、生丸ちゃん不足です。

 

本日もミーハー絶好調なり。本日もどうぞ宜しくお願い致します。

 

「続・劇場に行こう」 〜 The Audition 〜メトロポリタン歌劇場への扉 〜 (2016年2月26日)

本日はずいぶん前に観た映画の話です。

 

「The Audition 〜メトロポリタン歌劇場への扉」は、NYのメトロポリタン歌劇場で毎年行われているオーディションの2007年のドキュメンタリー映画で、日本では2009年に公開されました。

上映期間が2週間と非常に短く、上映も限られた劇場のみ。どの劇場でも上映が1日1回だけ、という中で頑張って行ったのですが、その甲斐ある、余韻の残るいい映画でした。

 

応募者1,500人の中から、オーディションを勝ち抜いてきたファイナリスト11人の話ですが、レッスンをこなしながらさらに力をつけ、夢の舞台を目指す過程が非常に興味深く描かれていました。

映画の中で、芸術監督であるジョナサン・フレンドの一言「大切なのは技術ではなくどう伝えるか。」は当たり前だけど的確で、今でもしっかり記憶に残っています。

プロフェッショナルですから、技術が一定のレベル以上であるのは当然ですが、技術がどんなに優れていても、「伝える」ことが出来なければ聴く人を感動させることは出来ないのだよ、ということです。

そういえば、技術が優れているのに感動が湧き上ってこない、そんな舞台を観たことは何度もあり、一方で、多少音が正しいところにヒットしなくても熱のあるいい舞台もあり、まさに伝えようとしていることが「伝わる」か「伝わらない」が舞台の出来の違いなのでしょう。

 

様々な葛藤と人間模様の中で、短い期間にもかかわらず最高の指導者達の元、暖かい励ましと的確なインストラクションで成長を遂げていく歌手達の底力というものを映画を通して目の当たりにし、世界の一流の舞台に上がろうとする歌手達の努力、貪欲さ、それに、改めて芸の道への厳しさを思い知りました。同時に、夢を目指して進むということはなんとエネルギッシュで素晴しいことなんだろう、と感じるとてもいい映画でした。

 

当時の私のお気に入りはワーグナーを歌ったアンバー・ワーグナー、「ノルマ」から「清き女神」を歌ったアンジェラ・ミード、「連隊の娘」から「メザミ」でハイCをしっかり決めたアレックシュレーダー、そしてチレアを歌ったライアン・スミス。

 

アンジェラ・ミードは2008年に体調不良の歌手の代役で急遽舞台に立ったことをきっかけにメトでデビューし、その歌唱の素晴らしさで賞賛を得、その後は毎年メトで重要な役をこなす一流歌手の仲間入りを果たしました。

レックシュレーダーも時々メトで歌っているようですし、アンバー・ワーグナーはメトでの活躍は耳にしませんが、きっと世界のどこかの舞台で活躍しているのかも、、、と思いつつ、時々ネットをチェックしたりしています。

 

ライアン・スミスは貧しく、様々な事情から歌を続けることが出来ずに 一旦は歌から離れたのですが、2年だけ、2年経って芽が出なければ歌手の道は諦めると両親と約束し、成功を夢見て歌の道に戻ってきました。一流の指導者の下、信じられないスピードで素晴しい歌手へと変貌していく様子は、映画を見ながらも本当にワクワクしてしまいました。

本選で歌い終わった後、拍手の嵐の中を小走りで舞台の袖に引っ込んだ途端、ボイスの先生が感極まって涙しながら駆け寄り彼をハグ。彼もハグされながら、やり遂げた感満々の笑顔いっぱいで、歌を愛して愛してやまない、という気持ちが溢れ出ていました。この時は映画館の客席ももらい泣き、すすり泣きで溢れていました。

 

見終わって感動に浸っている中、映画のエンドロールに「この映画撮影から1年半後の2008年11月、ライアン・スミスが悪性リンパ腫でこの世を去った。」という一文を見つけた時はとてもショックでした。

残念ながら彼は大きく華々しくこの世に出ることは叶わなかったけれど、こうして人生の一瞬の素晴しさを切り取ったような、こんないいフィルムが残り、何年も経った今でもこうして感動を残してくれていることは本当に凄いことだと、今も思っています。

 

本選の入賞者も、入賞しなかった人たちも各々活躍をしているようですし、いつかきっとどこかで彼らの舞台にめぐり会って、また違う感動を得たいものです。

 

さて、ずいぶん前に見た映画のことをどうして今頃、、、、とお思いになられたでしょうか?実は、つい先日、この映画のDVDをようやく見つけて購入したのです。

手元に届くまであと2週間ほどかかるようですが、待ちきれず、かつての記憶を思い起こしながら、今朝はこの映画のことについて書かせていただきました。

 

本日もどうぞよろしくお願いいたします。

「続・劇場に行こう」 ~涙と感動、最後の「ボレロ」 ~ (2016年1月28日)

あっという間に1月が終わろうとしています。ついこの間新年を迎えたばかりだというのに、月日が経つのは本当に早いものです。

、、、、、なんてことを書いておきながら申し訳ありません。今更ではありますが、昨年末のお話です。

 

皆様はジルベスター・コンサートをご存知でしょうか?

「ジルベスター」とはドイツ語で「大晦日」を表す言葉です。オーチャードホールで毎年行われる、大手企業冠のこの公演は、日本国内で開催されるクラシックの代表的カウントダウンコンサートで、今回の2015-2016年で21回目となりました。

 

過去にも錚々たる演者がカウントダウンを華やかに盛り上げたのですが、2009-2010に引続き、マエストロ・大友直人氏が率いる今回のジルベスターの見所は、なんと言ってもシルヴィ・ギエムの「ボレロ」。

 

ギエムは、パリ・オペラ座のエトワール、英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルをつとめた以外に、各国のカンパニーでゲスト・ダンサーとして招かれ活躍した現代最高のダンサーで、100年に1人出るか出ないかとまで言われるほどのバレリーナです。

50歳で引退を決めた2015年、世界各地で最後のツアーを行った彼女がラスト・パフォーマンスの地として選んだのが、日本でのこのジルベスター・コンサートでした。

 

彼女の代名詞のように言われた「6時のポーズ」、、、 1本の足で立ち、もう片方の足を耳につくほどまっすぐ垂直に上げても、彼女の軸は全くぶれることはありません。彼女の身体は信じられないくらい、しなやか且つ強靭で、恐らくすべてのバレエダンサーが、喉から手が出るほど欲しい、そんな身体の持ち主です。

 

今回披露された「ボレロ」はラヴェル作曲の10数分ほどの楽曲に、モーリス・ベジャールが振付けた作品で、ギエムの代表作品の1つでもあります。

ベジャールが認めたダンサーのみが踊ることを許されている作品で、踊りたいからと言って誰もが踊れるわけではありません。ギエムは「踊ることを許された」ダンサーの中の1人なのです。

休みなく単調なリズムを刻み続け、踊り続け、後半に行けば行くほど動きが大きく激しくなる容赦ない振付けで、魂が入り込んだ一流ダンサーの踊りは観る人を圧倒します。

 

指揮の大友直人氏が薄暗い舞台の上、僅かな灯りの中でそっとタクトを動かし始めると、静かに静かに音が流れ始めます。

真っ暗な舞台の上、赤い円卓の上に立ったギエムの手だけにスポットライトが当たり、まるで天の岩戸を少しずつ開いていくかのようにゆっくりと弧を描いていきます。単調なリズム、単調な動きから始まり、楽器が加わっていくに従い、ライティングも踊りも少しずつ変化していきます。彼女が旋律を踊り、男性のみで構成された群舞がそれを取り囲むようにリズムを踊ると、舞台の上もオーケストラも、そして観客も音楽と共に少しずつ高揚していき、あとはクライマックスに向かってただただ一気に昇華していく、そんな作品です。

 

彼女が踊る姿を観るのは本当に、本当に、本当にこれが最後だと思うと、瞬きも息をも止めたい気分でした。

非常に丁寧に踊っている彼女を観ていると、引退するなんてとても勿体なく思うのですが、全ては彼女の決断。とにかく、ラストを迎えるこの空間に共にいて、同じ空気を吸っている幸せと感謝、今この目で舞台を観ている感動だとか、淋しさだとか、過去に観に行った舞台での彼女の姿を思い出したり、全ての感情が一気に上がってきてしまいました。同時に、その場にいることが実感できないようなふわふわした不思議な感覚もあり、そんな中で、彼女の魂のこもった一挙手一投足を見逃さないよう、ただただ舞台を見つめるのみ。

 

終盤に向かうにつれ、ギエムの踊りも表情も凄まじくなり、それを彩るオケも鬼気迫っていたように感じたのは私だけではなかったと思います。会場全体の空気は最後まで張りつめたままで、熱気がどんどん高まって行き、ギエムが円卓の上で力強く手を伸ばしたかと思ったら、次の瞬間、周りからかぶさってくる沢山の手の中に消え、同時に音楽が最高潮のところでぴたっとと止み、舞台は暗転。

何もかもが一瞬で終わった、まさにその「瞬間」にギエムは遂に踊りをやめ、観客にさようならを残し、2015年は終わりを告げ、そして2016年を迎えました、、、、、圧巻。

 

私の2016年は、凄まじい熱気、高揚、最高の感動、涙と鳥肌とブラボーで始まりました。

この気持ちのまま、2016年を駆け抜け、今年もまたオペラをはじめとする舞台芸術鑑賞に勤しみたいと思っている次第です。

 

さて、この模様は生中継されており、私も年が明けて落ち着いてから録画していたこの番組を見直しましたが、この放送を見てびっくりしたことが2つありました。

 

まず、2015年から2016年に変わる瞬間にぴったりとボレロの演奏が終わっていたこと。

演奏とカウントダウンのタイミングを合わせるのはとても困難で、過去には結構なタイミングのずれのあった回もありましたが、とりわけボレロは、音楽が最高潮のところで終わるため難しく、ギエムの有終の瞬間であったことを考えると、このタイミングは本当に凄いことだったと思います!ブラボー、マエストロ!

 

踊り終わった直後に流れたギエムの最後のメッセージは、今思い出しても、そしてこれを書きながらでもまた泣けてきてしまいます。

「さようならは決して簡単なことではありません。どのように言っていいかもわからないし、本当は言いたくもありません。

でも私は踊ることが大好きです。ですから踊りを皆様のために、このさようならに!!!

あぁ、涙、涙、涙。

 

2つ目は、鳴り止まないカーテンコールとスタンディングオベーションの観客の中に、おもちゃのチンパンジーの100万倍くらいの速さで必死に手を叩いている私が画面の中にいたこと。

間違いなく感動の最高潮に達していたその瞬間なのですが、客観的に見てなんとブ〇〇クなことかと、、、、、おかげさまで私以外、家族全員揃の初笑いの種となりました。

納得行かない点もありますが、先ずは周りに笑顔をもたらしたということで、これもまたいいスタートを切れたと自分自身を納得させております。

「劇場に行こう」 ~ 白鳥の湖 ~ (2015年2月12日木曜日)

男性の皆様、自分の奥様を両腕で頭上に抱え上げて何分間直立し続けることが出来ますか?(、、、、そもそも抱えあげられますか?)

女性の皆様、片方のつま先だけで立って、足を上げて何分間バランスをとっていられますか?

 

先週土曜日、インフルエンザでダウンした小さな可愛いお嬢さんに代わり、くたびれたおばさんの私がピンチヒッターで松山バレエの「白鳥の湖」鑑賞に行ってまいりました。

 

松山バレエと言えば、森下洋子、清水哲太郎ご夫妻のペアがあまりにも有名ですが、2人揃って御齢65歳。

なんと、合計すれば130歳のこのお二人、未だに現役でバレエを踊っているのです。

 

白鳥の湖」は誰もがよく知っている作品で、だからこそテクニックも表現力も最高が求められます。少しでもつまらないとあっという間に眠りに落ちてしまう難しい作品なので、これを65歳のペアがどう踊るのか楽しみである反面、本当にこの方々の踊りで観客を満足させられるのだろうか(失礼!!)等々、複雑な気持ちも多少ありつつ会場へ向かいました。

 

結果から言うと、、、、、満足でした。

 

前述の通り、本作品は高度な技術と表現力が要求されるバレエなのですが、そこは「新版」と銘打って、踊りの変更だけでなく曲順も入替え、演出もどかーーーんと変更したなかなか斬新な「新版・白鳥の湖」でした。

これは森下・清水ペアだからこそ許された演出であって、他のダンサーには絶対に許されないだろうな、、、と。

最大の見せ場である32回転のグラン・フェッテ・アン・トゥールナンもなく、オデット、オディールの他の見せ場も若いダンサー達のヴァリエーションやコーダにとって代わったりと、やや不思議演出で残念な箇所もありましたが、一般的には、65歳の方が16歳と21歳を演じる機会は、(宴会以外では)非常に少ないと思われるので、多少の違和感はあれど遠目にはそう大きな問題もありませんでしたし、何よりチュチュや白タイツをまだ着られる勇気と体型を維持できているということは本当に驚きでした。

 

ただそんなことを言ってはおりますが、技術の衰えを丁寧且つ正確な踊りでカバーしており、まるでレッスンVTRを観ているような安心感、安定感があり、二幕のオデットとジークフリート王子のアダージオは美しく、お二方が長年かけて培った、そして今も尚キープし続けているしっかりした技術をこの目にしっかりと焼き付ける事が出来、いつもとは違う感慨深さを味わうことが出来ました。

そのアダージオの間は会場のあちこちから鼻をすする音が聞こえてきましたし、未だに衰えないダンスへの執念と愛情、それを見守る観客の皆様の温かさを感じた舞台でもありました。

 

ダンサーは、若く技術もあり美しい頃には表現力が足りず、ようやく表現が出来るようになった頃には技術も美しさも下降線を辿り始めると言われます。

また、ダンサーの引き際も難しく、かつて森下さんがパートナーをつとめた伝説のダンサー、ヌレエフも最後の方は老体が痛々しく、引き際の難しさを痛感したものでした。

しかし一方で、定年後(パリ・オペラ座には42歳での定年制度があります)のマニュエル・ルグリの踊りはいまだノーブルで美しいですし、間もなく42歳になる熊川哲也氏も未だバリバリの現役で観客をぐいぐい引き込みます。

数年前に観た往年の名バレリーナ、マイヤ・プリセツカヤの80歳での「アヴェ・マリア」は大変に素晴らしく会場全体が感動に包まれたことを思い出しました。

色々思うと一概に語ることは出来ず、バレエだけでなく全てにおいて引際とは何なのか、いつなのかということを決めるのは難しいものだと改めて思いました。

 

いずれにせよ、あれだけコアのしっかりしたグランド・ピルエット・ア・ラ・スゴンドには驚きましたし、トゥで立ってアラベスクのポーズで支えなくバランスをとる姿を観て、あぁ、身体を動かすなんて億劫だわ、なんて言っている場合じゃないと思った次第です。

 

この貴重な舞台鑑賞の機会を与えて頂いたことに感謝するとともに、インフルエンザでダウンしたお嬢様の1日も早い回復をお祈りします。

 

「劇場に行こう」 ~ ローマ歌劇場 「シモン・ボッカネグラ」 ~(2014年6月12日 木曜日)

前回のコラムで、ウキウキしながら予習をしていると書かせて頂いた、ローマ歌劇場の来日オペラ公演、「シモン・ボッカネグラ」と「ナブッコ」を

5月末から6月にかけての週に鑑賞してまいりました。指揮は“帝王”という呼称が相応しいリッカルド・ムーティです。

 

毎回、偏愛的オペラ話ばかりですので皆様もそろそろ辟易なさっているのではないかと思い、

今回は「行きますよ」ということにだけ触れて感想は書くまい、と思っておりました。

しかしながら、ちっとも奥床しくないため、自分の胸だけに留めておけない、誰かに言わずにはおれない、といういつものパターンです。

 

ということで、有無を言わさず先ずは「シモン・ボッカネグラ」。

 

シモン・ボッカネグラは海賊から民衆に後押しされてジェノヴァ総督の地位に就いた、14世紀に実在した人物です。

有力貴族が派閥に分かれて対立していたその頃、同じ国の者同士が争っていたことに胸を痛め、

最後まで平和を願い続けた慈愛に満ちた素晴らしい人物として描かれています。

妻(娘)をめぐっての義父との確執、生き別れた娘との偶然の再会、陰謀、闘争、策略、裏切り、そしてついには義父との和解。

しかし、全てが終焉を迎える頃には時既に遅く、娘が愛する人と結婚したのを見届け、義父に娘を頼み、

婿に総督の座を譲ることを民衆に宣言し、策略により毒を盛られたボッカネグラは息絶えてゆく、、、と、ざっくりこんな話です。

 

音楽も良いし、あらすじもしみじみと感動的なのですが、何より指揮者、オーケストラ、歌手たちが

楽器に、旋律にのせてそれらをしっかり表現し、各々の熱量が伝わる大変素晴らしい舞台でした。

まずはムーティーありきでこの舞台を鑑賞することを決めましたが、キャストを揃えるのが難しいためなかなか上演されない演目でもあったので、

何としてでも観ないと!と鼻息荒く臨んだ甲斐があり大満足です。

 

直前の7日間の通しのリハーサルに体調不良で参加しなかったという理由で、世界超一流の歌姫を惜しげもなく降板させたムーティ御大ですが、

彼女の降板をちっとも残念に思わなかったほどの出来栄え。ローマのオケがこれほどのレベルだったのにも驚きました。

派手な歌手はいなくとも底力の備わった歌手陣を揃えており、最もブラボーが飛んだテノールのフランチェスコ・メーリはもちろんのこと、

個人的にはタイトル・ロールを歌ったジョルジョ・ペテアンの慈愛溢れる歌唱と演技力に白旗脱帽でした。

 

ただ、やはりムーティの存在感の大きさは何者にも比しがたい!彼がピットに入るだけで会場の空気が一変してしまいます。

タクトを上げて振下ろしたその一音ですぐさま完敗でした。全体を引っ張る力強さはものすごく、会場全体がどんどん高揚していくのを感じることが出来ました。

 

若い頃のムーティはとにかくエネルギーを放出しまくっている感じで、ライブ録音盤のスカラ座「椿姫」なんて音が走りまくっていてものすごく忙しい。

今のムーティーはどこか達観しているかのような素振りを見せながらも、おおっ!とかさすが!とか思ってしまうような演奏が随所にあり、

「帝王」だとか「巨匠」とかいう呼称は伊達ではないことを、当たり前ではありますが再認識した次第です。

 

ローマ歌劇場ミラノ・スカラ座に及ばないとされますが、ムーティの熱がすごく、オケがそれに応えるべく負けじとついていく、そして歌手たちも追随。

そうなったら観客もついていかないわけにはいかないではないですか!?

 

よって、すべてが期待を超えることとなったわけで、数年前に観たスカラ座より断然良かった!

中にはムーティの指揮はもういつ見られなくなってもおかしくないから、後悔しないように行くのだ、というファンも数多くいらっしゃったようですが、

またいつかムーティの指揮するオケをライブで聴ける、見られる日が来ますように、と願うばかりです。

 

さて、ラストもラスト、一番最後のオケの音がフェイドアウトしていくところで、待ちきれない何人かがフライングして拍手。

途端にあちこちから 『シーーーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!』 (これをやられると恥ずかしい)

 

、、、、、、やがてムーティーのタクトを持つ右手が静かに下がり、宙に留まるのが制した左手だけになった時、時空間が止まったような静寂が訪れ、

ムーティがその左手を静かにおろした5秒後、割れんばかりの拍手とブラボーが起こりました(鳥肌)。

 

うわーん、素晴らしい。

 

翌日になっても翌々日になってもアドレナリンの放出が収まらない私。

そして、これを書きながらまた更にアドレナリンの放出が始まった私は、もう誰に何を言われようが、次回「ナブッコ」感想を書く決心をしたのでした。

 

そんなわけで、もう少しご辛抱してお付合い頂けますと幸甚です。

 

「劇場に行こう」(2014年5月15日 木曜日)

新緑の香りがすがすがしい季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

気持ちの良い日々が続きますので、1年ほどお休みしていたジョギング&ウォーキングを最近になって再開致しました。

数か月前に購入したワイヤレス(Bluetooth)イヤホンが走る時も邪魔にならず期待以上に便利なので

劇場モードの大音量で、オペラを中心にクラシック音楽を聴きながら、風を切って颯爽と皇居の周りを走る今日この頃です。

(少し嘘をつきました。本当はノロノロ、ドタドタ、息も絶え絶えに走っています。)

 

近頃は走る速さに応じてちょうどいい曲を選曲してくれるアプリや、

速度に合わせて再生スピードを変える音楽再生プレイヤーがあるそうですが、今のところ私には必要なし。

 

曲のテンポに全く惑わされぬマイペースな私のリズム感が功を奏しているらしく、

思わず行進したくなるようなテンポのいい曲であっても、ゆっくりねっとりした曲であっても、

どんなテンポの曲を聴きながらでも一切流されることなく、一定の走るリズムをキープ出来ており、

カラオケや踊りでは発揮出来ず、長い間埋もれていたこの能力が今こうして役に立っております。

 

 

また、普段家で音楽を聴くときはどうしても「流し聴き」になってしまい、「聴きこみ」が出来ずにいるのですが、

ジョギング&ウォーキング中は音楽を集中して聴くことが出来るので、私にとっては運動と聴きこみとを兼ねた一石二鳥の良い機会というのも新発見でした。

特にオペラの公演鑑賞前などは、かなり真剣に音楽を聴くことが出来るので予習もばっちり。

今は、数週間後に鑑賞を控えているヴェルディの次の2作品を集中して聴きこんでいるところです。

 

ひとつは彼の出世作とされ、第2のイタリア国家ともいわれる合唱、『行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って』があまりにも有名な「ナブッコ」。

オペラの会場に行くと必ず出くわすのが、「“どじょっこだーの、ナブッコだーの”ってついつい歌いそうになっちゃう。」と話している光景。

“オペラあるある”というより“ナブッコあるある”です。

季節的には春になって氷(しが)こも解けた頃合いではありますけれども、「ナブッコ」というのはどじょっことセットではなく、バビロニアの王、ネブカドネザル二世のことです。

 

2つ目は、バス、バリトン歌手に重要な役柄を与えた彼の作品の中でも、全編が男性の低音の魅力に満ち溢れている「シモン・ボッカネグラ」。

14世紀のジェノヴァを舞台にしたこの作品、2010年のバレンボイムが指揮するミラノ・スカラ座の舞台が素晴らしく、

テレビという小さな画面での鑑賞ながら、70歳のドミンゴの素晴らしさに感服、大変印象的でしたが

今回、帝王と呼ばれるムーティーが昨シーズンにご当地ローマで好評を博したこの作品を

日本で再演することにより、今度は全体をどう仕上げていくのか楽しみで仕方ありません。

 

さて、この2公演の鑑賞が終わったらオペラ鑑賞はしばらくお休みとなります(本当かな?)。

梅雨に入るとジョギングもお休みになりますから、次回は私のコラムも一旦お休み、、、、。

いえいえ、6月からはバレエの世界に浸りますので、皆様引続きどうぞ宜しくお願い致します。

 

「劇場に行こう」 ~ 憧れのワーグナー ~(2014年4月17日 木曜日)

何かオペラネタないかしら?と探してみましたがなかなか見つからず。

もしNY在住の私のオペラ師匠に聞いてみたとしたら、きっと

「あなた、何を仰ってるの?オペラはネタの宝庫よ!」と怒られることでしょう。

 

色々引っ張り出してみていたら面白いものが見つかりました。

 

2007年は私の本格的なワーグナー・デビューの年です。

皆様は「ワグネリアン」という言葉をご存知でしょうか?ワーグナーが好きすぎて好きすぎてたまらない人達のことをこう呼ぶのですが、オペラい興味を持ち始めたその当時、この「ワグネリアン」という言葉とその強烈な存在感(とワーグナーへの偏愛っぷり)に畏敬の念を感じていた私は、ワーグナー・オペラはあまりに敷居が高すぎて、観に行くのはまだまだ先の話だと思っていました。

 

ところが、その年にあったのがベルリン国立歌劇場の来日公演、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」。

10年早い、と憧れはあれど行くことは考えていない私に師匠から1通のメールが届いたのです。

 

「ベルリンのトリスタン、これはなかなか強力な布陣。(中略)私が日本にいたら、このトリスタンは絶対観に行ってます。」

 

うーん、、、、、、、、、、では!!! 行かせていただきましょう!!!!!!!!!!

 

それまで全幕を通しで聴いたことのないトリスタンでしたが、師匠イチオシのフルトヴェングラー指揮の名盤をすぐさま購入。

その日からとにかく聴き続け、4枚組なので結局は公演までに3回しか聴けませんでしたが、限られた時間の中で先ずは猛予習。

 

鑑賞を翌日に控えたその夜、私は師匠にこんなメールを送っていました。

 

「明日はいよいよワーグナー・デビュー。まさかこの日がこんなにも早くこようとは、、、なんという生意気な私。

年季の入ったワグネリアン達に負けないよう、明日は鼻息も荒くNHKホールに乗り込んでやります。

ホールまで続くあの長い道をどすこい!どすこいどすこいどすこい!と四股を踏みながら力強く進んで行くつもりですが、扉を抜けたらそこはもうワグネリアン達が集うめくるめく世界だなんてとても楽しみです。感想を待っててね。」

 

ものすごいワクワクっぷりですね(恥)。

 

公演当日、私はワーグナーに魂を鷲掴みにされてしまったのですが、幕間に集う年季の入ったワグネリアンのおじさま達の素敵っぷりにもイチコロでした。

 

人生初のワーグナーは指揮、オケ、歌手、全てが期待を上回り、世界最高レベルの舞台で大満足だったのですが、この舞台が私のワーグナーのデフォルトとなったわけで、つまり師匠に言わせるとワーグナーに関して大変高いハードルを設定してしまい、今後生半可なワーグナーでは恐らく満足出来ないであろうということにもなってしまったわけです。

その公演は、指揮が世界に名だたるダニエル・バレンボイム、キャストに現代最高のバスと言われるルネ・パペ、ワーグナー歌いの名手ワルトラウト・マイヤー、クリスティアン・フランツ、そして若手ホープ(当時)のミシェル・デ・ヤング等々、、、、。今から思うと初めてのワーグナーでこんなの観ちゃったとはやはり贅沢。何という幸せ。ブラボー、ベルリン・シュターツカペレ。

 

さて、ワーグナーに身も心も持って行かれてしまった公演終了後の私はすっかり抜け殻となってしまい、夜風に吹かれてよろめきながら何とか自宅に帰り着いたのですが、抜け殻ながらアドレナリン放出はおさまらず、演奏の出だしからこと細かく描写しつつ、全幕分の感想を詳細にしたためて師匠に送りつけたのでした。

 

「あなたがこんなに喜んでくれて本当に良かったわ。私も嬉しいです。お勧めした甲斐がありました。」

 

自分が送りつけた文章を読み返すと本当に長い!よくぞここまで、というくらい描写が細かくて、どれだけ感激したかがいやでも伝わってきます。熱い文章であると同時に初々しくて、その当時の興奮が蘇ってきました。

最後の部分を少しだけ抜粋させて頂きますと、

 

「何人もの人が弾く弦がたった1本の音にしか聞こえないなんて凄すぎます。音がどんどん細くなっていくのですが、消える直前のかすかな音まで聴こうと、あの瞬間は会場の皆が息をしていないのではないかと思うほどの静寂と緊張感に満ち満ちていました。バレンボイムの指揮棒が止まった瞬間、誰かの悲鳴のような「ブラーボ!」がひときわ甲高く響き、後は拍手拍手拍手拍手拍手拍手、割れんばかりの拍手とブラボーの嵐。私は音楽が止まった瞬間、どうにもこうにも感極まってしまいました。5時間、眠くなることもなく、お尻が痛くなることもなく、ただただこの空間にいられたことを心から感謝。おススメして下さったあなたにも死ぬほど感謝しています。こうして長い文章を書きつつ興奮がおさまらないので、3日後の最終日の公演、チケットは売切だそうですが、何とかあの手この手を使って行くことに決めました。」

 

いや~、熱い!そして初々しいけどかなりうざいですね、私。

 

最終日は当日券販売の窓口は閉まって「満員御礼」の看板のみ。その場でへなへなと崩れ落ちそうになった私に近付いてきた男性がおりました。

台湾からはるばるこの公演のためにツアーを組んでやってきたものの、1人分のチケットが余ってしまったということで幸運にもチケットをお譲り頂けたのです。

幕間は台湾版ワグネリアン達7人のお仲間にも入れて頂くことが出来、今となっては本当に素敵な初ワーグナーの思い出です。

 

さて、あまりにも懐かしすぎて、今回も大暴走。

朝から長ーい文章にお付合い頂き有難うございました。

 

本当はワグネリアンの話を書きたかったのですが、自分の初ワーグナー話になってしまいました。チャンチャン♪

「劇場に行こう」 ~オリンピック開会式編~ (2014年3月20日 木曜日)

既に話題は移り変わっていますが、皆さんはソチ五輪の開会式をご覧になりましたか?(古い話題でスミマセン。)

 

私はセレモニーで歌うディーヴァ、アンナ・ネトレプコAnna Netrebko)に釘付けでした。

彼女はロシア出身の世界的なソプラノ歌手で、歌も演技力もずば抜けており、彼女が演じた英国ロイヤルオペラの「マノン」、ヴィオレッタ@「椿姫」には泣かされました。

 

前回、美貌と実力を兼ね備えた歌手はそう多くないと書きましたが、彼女は美貌と実力を兼備えた数少ない歌手の一人。

出産を経て近頃は肝っ玉母さん体型になってしまい、そのおかげかますます声に張りが出て、実力↑と美貌↓というベクトルだったのですが、さすがに五輪という大舞台だからなのか、テレビの中の彼女は実力はそのままで “あの頃の彼女” に戻っており、どこまで巨大化していくのだろうかと心配していたところだったので、まずはほっとしました。

 

他にもマリインスキー、ボリショイといった世界の名門バレエ・カンパニーダンサーたちが踊りを披露したようで、まさに私のためのソチ五輪開会式だったようです。

 

閉会式でも次の開催地韓国からソプラノ歌手のスミ・ジョーが登場したという話を聞きましたが、オリンピックという華やかな舞台にオペラ歌手が登場する機会って昔からあるのでしょうか?

あまりにも大昔のことはさすがに調べてみないとわかりませんが、私が見て聞いて覚え知っているものをあげてみます。

 

2006年のトリノ五輪ルチアーノ・パヴァロッティが、「トゥーランドット」より『誰も寝てはならぬ』を歌ったのは皆さんの記憶にもまだ新しいのではないでしょうか?荒川静香さんが金メダルを取ったフィギュアの音楽に使われたプッチーニの名曲です。

当時パヴァロッティはピークを過ぎてかなり衰えていたとはいえ、それでも艶のある声、彼の十八番のハイCは天性のものだと思いました。

(*「ハイC」とは普通の人が額と首筋に青筋を何本も立ててもなかなか出ないものすごく高い音。無理して出すと血圧上昇は間違いなし、下手したら、、、、、!?な音。)

しかし、その頃既に弱っていたパヴァロッティが生歌を披露するのは無理だったようで、1週間前に録音した音源を使用しての口パクだったということが判明し、その後物議を醸しだしました。結局はそんなオチがついたトリノの開会式がパヴァロッティの生前最後のステージとなってしまい、今となっては少し複雑な気持ちです。

 

少し前のバルセロナ(1992年)はかなり豪華で、スペイン出身の世界的オペラ歌手が勢揃い。

プラシド・ドミンゴアグネス・バルツァモンセラート・カバリエアルフレード・クラウス、ホセ・カレーラス、更には、テレサ・ベルガンサ、ファン・ポンス、ジャコモ・アラガル、、、、、、、うわぁ、あぁぁぁぁぁ、書いているだけで鳥肌ものの世界最高レベルの名歌手たちです(はぁはぁ、はぁはぁ、、、、、←大興奮)!!!

そこで歌われた「バルセロナ」という曲はオペラ歌手モンセラート・カバリエとクィーンのフレディ・マーキュリーがデュエットした名曲で、まさに“ザ・「ロックとオペラの融合」”ですが、フレディはバルセロナ五輪の前年にHIV感染症で亡くなってしまい、五輪開会式では三大テノールの一人ホセ・カレーラスがフレディの代役を務めました。

フレディはオペラとバレエが大好きで、中でもカバリエの大ファンだったことから交流が始まり、一緒にアルバムを作ることになったのですが、この「バルセロナ」は二人の出会いを歌っています。二人が公の場でこの「バルセロナ」を歌うことはとうとうかなわなかったのが本当に残念でたまりません。

 

クィーンが大好きな私は当時はオペラにもバレエにも全く興味なかったのですが、フレディへの追悼が感じられる五輪での「バルセロナ」にただただ感涙しておりました。

その後何年かして、私もオペラとバレエにはまってしまうとは。

今となっては時すでに遅しですが、バルセロナオリンピック開会式はやはり録画しておきたかったです。

 

他にも、バンクーバー(2010年)ではミーシャ・ブルガーゴズマンが、トリノではパヴァロッティの他にもアンドレア・ボチェッリ、と、私が知らないだけで、探せばもっとあるのではないかと思います。

 

最近は「東京五輪で歌ってほしい歌手」という投票がネットのあちこちでも起こっており、中にはアイドル歌手に歌わせずオペラ歌手に!なんて声もあるようですが、得意でないもの持ってきて無理やり張り合おうとするよりも、個人的には日本独特の文化、、、、いっそのことゴリゴリのアニソン(= アニメの音楽)や演歌、民謡で押すのもアリではないかと思う昨今です。

 

「劇場に行こう」(2014年2月20日 木曜日)

私のようにオペラもバレエも両方好き、という人はあまり多くなくて、コアに鑑賞すればするほど、

オペラかバレエ、どちらかしか観ない、となっていくのは気のせいではないと思っています。

皆様の周りではいかがでしょうか?

 

オペラしか見ない友人、バレエしか見ない友人になぜなのかその理由を聞いてみたところ、

返ってくる応えが見事に全部同じで、簡単に言ってしまうと、

バレエを好きな人はヴィジュアル重視で、オペラを好きな人は音楽重視なのだそうです。

 

私のバレエの先生(男性)が、「ダンサーは洋服の似合う身体を作ることが出来る。」

と常々話しておりますが、まさにその通りで、舞台の上のコスチュームも素敵ですが、

普段着で歩くダンサーの方々は、姿勢も良いしスタイルもいい。

プロフェッショナルとして舞台に立つ方々は美男美女揃いです。

実際、モデルとして活躍しているダンサー達も沢山おり、このような方々が舞台で華やかに踊るのですから、

舞台に釘付けです。

 

あぁ、天は限られた方にのみ一物も二物も与えておしまいになるので、

どおりでこちらには何も回ってこないはずです(プンスカ!)。

 

しかし、確かにオーケストラは二軍。

観客の目が舞台に行くので、音楽はBGMにしかすぎないと思われているのか、

超一流のオーケストラ一軍が演奏をするバレエの舞台に出会うことは稀です。

 

なので、バレエ鑑賞に行くと、結構な確率で、大切な場面に金管が「プヒー」とか「ピッファー」とかいう音を出し、

感動の涙もひっこんでしまうくらいずっこけてしまいます。

イラッとしつつも、踊りの美しさを目で追うことに没頭し、いつの間にか「プヒー」を水に流してしまうのです。

 

一方で、聞くところによると、オーケストラの団員の大半はオペラの演奏をすることを希望しているのだそうですが、

夢の舞台で演奏しているだけあって、オーケストラの熱気がすごいはもちろんのこと、

マイクを使わずオケに負けない声を出す、肉体が楽器と言われるオペラ歌手が

その熱気高いオーケストラと対峙しているのですから、それはそれは素晴らしい!

最高の指揮者が率いる一流オケ、一流歌手、ここに観客の熱がのったオペラの舞台はまさに「神」の舞台となります。

 

但し、ヴィジュアルはバレエと比べてはいけません。

近頃はスマートで美形のオペラ歌手が増えてきたとは言え、あくまでも「オペラ歌手の中では」というレベルであって、

大半の「美しい」とか「ハンサム」とか言われる歌手は声量が足りなかったり、技術が追いつかなかったり、

技術が伸びた、声に張りが出た、と思ったら、いつの間にか恰幅が良くなっていて、

「あの頃の彼」、「かつての彼女」、とは一線を画した姿にショックを受けることも少なくありません。

 

限られたものしかお与えにならなかった天の公平さにここでようやく安心できるのです。

 

歌手としては一流だけど、丸々とした血色いい男女の歌手が「貧乏で明日の生活をも知れぬ」とか、

「ああ、私の命は尽きてしまう!」とか歌ったりするのに抵抗のある方もいらっしゃるでしょうが、

舞台に集中してしまうとあばたもえくぼ。姿かたちなんて一切気にならず、ただただ感動するばかり。

 

姿形、その動きの美しさに見とれて金管のプヒーを許してしまうバレエ、

オーケストラ、歌声、指揮、音楽の全てに圧倒され、ヴィジュアルなんて到底気にならないオペラ、

 

やっぱり私は両方好きで、どちらかに絞れといわれてもそれは無理。

 

ということで、今年もフットワーク、財布の中身共々軽く、バレエ・オペラ鑑賞両方に励みたいと思います。

「劇場に行こう ②」(2013年11月27日 水曜日)

おはようございます。

 

本日は勝手にシリーズ化した「劇場へ行こう」の2回目です。

 

かつて劇場は上流階級の紳士ご婦人方の社交場でした。その名残としてか、欧米の劇場では

今でもシーズン初日は特別な日となっており、各界の著名人が集う華やかな場となっております。

 

NYに住むオペラヘッドの友人のMET初日の気合の入れ方は相当で、数か月前から着て行くドレス選びを始め、

当日は、ビューティーサロンを予約し、頭の先から足の爪の先までパーフェクトにドレスアップするそうです。

 

その彼女、あるシーズンは米国人好みに頭をこんもりと大きく盛られて3倍くらいの大きさになり、

メイクの濃さは尋常ではなく、まるでドラァグクイーン(涙)、と報告してきました。

 

さて、残念ながら日本では、そのような場は非常に限られておりますが、

普通に劇場に行くだけでも雰囲気が華やかで、非日常を楽しむことが出来ます。

 

たった一度だけ着物で行ったことがあるのですが、幕間に『着物姿+片手にシャンパン+オペラ談義』なんて

きっと粋だろう、さぞかし格好いいだろう、と自己満足を目指したのも束の間、

帯で背もたれに寄り掛かれず、2回の幕間を挟んで約4時間、背中真っ直ぐ、大変良い姿勢での鑑賞。

上半身直立で座高が増すため後ろの方にも嫌がられましたし、いきり過ぎてシャンパングラスを持つ小指が

いつの間にか立ってましたし、劇場で会った年上のオペラ友から「ママ」と呼ばれるし、

やはり慣れないことはするものではないと思ってしまいました。

 

けれど、普段ドレスアップなどする機会がほぼ皆無ですので、

堂々と非日常の格好が出来るオペラ鑑賞の場は、結果がどう転んだとしても、案外楽しいものです。

 

願わくば、いつか欧米の一流オペラハウスのオープニングに行き、

ドラァグクイーンにされても、どうなっても構わないから、

ガッチガチに気合を入れた格好での鑑賞を経験してみたいものです。

 

あ、、、、、でも、これだと「劇場に行こう」とお誘いしても誰も一緒に来てくれないかもしれないですね。

 

「劇場に行こう ①」(2013年10月18日 金曜日)

 

おはようございます。

 

少し前の話になりますが、前々回書かせて頂いた生の舞台「椿姫」 vs 超一流歌手による中継録画「ドン・カルロ

勝敗の勝敗はもちろん生の舞台の「椿姫」。

「やはり、舞台は生で観てこそ。」という気持ちを更に強くした次第です。

 

さて、私が好きなオペラの演目のひとつに「蝶々婦人(Madame Butterfly)」という作品があります。

プッチーニ作曲のオペラですが、ご覧になったことはなくとも、「蝶々婦人」というタイトルを耳にしたことはあるのではないでしょうか?

イタリアのオペラですが、舞台は日本。「君が代」や「さくらさくら」、などが要所に盛り込まれていたり、

アメリカ国家がオペラ音楽の中で実に効果的に使用されていたり、今改めて思いましたが、何だかとてもインターナショナルです。

 

せっかくですから、あらすじを少しだけ、、、、。

 

舞台は長崎。米海軍士官のピンカートンは日本で15歳の蝶々さんと結婚しますが、やがて米国に帰ってしまいます。

当然、その後に息子が誕生しているということすら知らないままです。

彼が帰って数年、その間縁談を持ってこられようが、男が言い寄ってこようが、全てを袖にし、

ひたすら彼の帰りを待ち続ける蝶々さんの元に、ピンカートン所属の部隊の軍艦が入港するとの知らせがやってきます。

 

蝶々さんは嬉しくて嬉しくて外に飛び出し、岸壁から港を見下ろして歌います。

これが大変有名なアリア「ある晴れた日に」です。

 

“ある晴れた日、海の彼方にひとすじの煙が立上がり、やがて船が見える。

真っ白な船が港に入ると礼砲が鳴り響くの。

ごらんなさい、 あの人が来たのよ!

でも迎えには行かない、行かないの。

近くの岬へ出て そこであの人を待つわ。どんな長い時間だとしても、いつまでも待つわ。

すると、港町の群衆から抜けだし、小さな点のように見える1人の人が山を登って向かってくるのが見える。

誰? 誰なんでしょう?

到着したら何て言うのかしら? 何て言うのかしら?

遠くから「蝶々さん」と呼ぶのよ。

でも、私は返事しないで隠れているわ。・

それはちょっとした悪戯でもあるのだけれど、

何より、もう一度会えた嬉しさのあまり死んじゃうかもしれないから。

そしたらあの人は少し心配になって、こう呼ぶの。

『僕のかわいい奥さん オレンジの花』って、、、。

この名前はね、あの人が私に付けてくれたの。

 

(スズキに向かって) *注: スズキというのは女中の名前

この通りになるわ、誓ってもいい。

あなたは心配していればいい。

私は絶対に信じてあの人を待っています。”

 

 

その先の展開がどうなるか既に知ってしまっている私には、会える嬉しさを歌うこのアリアはあまりにも悲し過ぎて、

この辺りで涙が滝のように流れてきます。

歌詞の行間や旋律の中に、その後を読み解く様々なヒントが隠されている奥深いアリアでもあります。

 

かつてM屋のCMで、三木のり平(のアニメ)扮する蝶々さんが、へんてこりんな日本髪のかつらと

鼻メガネでこの歌を歌っており、しばらくの間、私の中では「蝶々さん= M屋ののり平」でした。

おかげで「蝶々さん」をコメディーだと勘違いし、オペラを好きになってからも最初のうちは何だか笑ってしまいそうになっていました。

だけど、まさかこんなに素晴らしい作品だとは!! 私の馬鹿!馬鹿、馬鹿!!!!(両手の拳で頭をポカポカ!)

 

蝶々さんは、彼が自分の元に駆けつけてくれると信じて疑わず一晩中待ち続けますが、彼はやってきません。

「きっと忙しいんだわ。」なんて思いながら、一生懸命髪を整え、化粧をし、一番いい着物を着てただ、ただ待ち続けるのです。

 

翌日、ピンカートンは妻を同伴して蝶々さんの元を訪れますが、女中のスズキから昨夜の一連の出来事を聞き、

驚き、恥じ、反省するも、「自分の口から蝶々さんに話すことは出来ない。」と、耐えきれずにその場を後にします。

 

蝶々さんは、ピンカートンがようやく来てくれたと思い、溢れんばかりの喜びで障子を開けると、

そこには、ピンカートンの妻のケイトがいて、蝶々さんはそこで全てを悟り、絶望します。

そして、蝶々さんの子供を引き取って育てさせてくれという申し出に、更に絶望してしまうのです。

しかし、蝶々さんは気丈に、彼が直々に子供を迎えに来てくれるのなら子供を渡しましょう、と伝えるのです。

 

蝶々さんが仏間で父の形見の短刀を取出すと、何かを察したのでしょうか?

無邪気な幼子が蝶々さんの膝元に駆け寄ります。

蝶々さんは我が子をしっかり抱きしめて別れを告げ、「遊んでおいで。」と子供を部屋の外に出します。

やがてピンカートンが到着しますが、時は既に遅く、蝶々さんは自害を遂げた後でした、、、。

 

全幕を通し音楽が大変素晴らしいのですが、最終幕は「これでもか!」というくらい、ドラマティックな音楽の連続で、

この辺りは、涙と鼻水の大大大洪水。ずるずる鼻をすすったら周りにご迷惑と思い、垂れ流しのままです。

涙をこらえて口はワナワナ、鼻はヒクヒク、涙と鼻水ダラダラ、、、この時の私、最高に不細工です。

 

そう言えばいつだったっけか、、、、隣の席のおじ様も、大きなタオルで口を押え、「あぁうぅぅ、、、」と嗚咽していらっしゃいました。

 

この蝶々さんの唯一の難点が、海外プロダクションに「日本勘違い」的演出が多いこと。

どんなにオーケストラや歌手が良くても、私は日本を勘違いした演出は許しません。

海外オペラハウスの「蝶々さん」には今まで何度腹を立てたことか、、、実際、鼻から炎を出しそうになったことが何度もあります。

「蝶々婦人」だけは、総合点で、日本のカンパニーのプロダクションが格段に良いと信じております。

 

さて、なぜこんな話をしたかというと、

そんな鼻息荒い私が、皆様に自信を持ってお薦めしたいのが、来年1月に、新国立劇場で上演される「蝶々婦人」。

21,000円のS席まで用意されていますが、D席は3,150円。少し頑張ったC席で6,300円。

オペラグラス必須の席になりますが、それでも新国立劇場はまだ観やすいと思います。

オペラは敷居が高いと思っていらっしゃる方にも良心的な価格設定、且つ素晴らしいプロダクションですので、

オペラ・デビューを考えてはいるけれど、躊躇して、今一歩足を踏み出させない方々の背中を押すべく、

本日は長々と「蝶々婦人」のお話をさせていただきました。

 

オペラは生の舞台が一番。さぁ、劇場に行きましょう!