「劇場に行こう」 ~ ローマ歌劇場 「シモン・ボッカネグラ」 ~(2014年6月12日 木曜日)
前回のコラムで、ウキウキしながら予習をしていると書かせて頂いた、ローマ歌劇場の来日オペラ公演、「シモン・ボッカネグラ」と「ナブッコ」を
5月末から6月にかけての週に鑑賞してまいりました。指揮は“帝王”という呼称が相応しいリッカルド・ムーティです。
毎回、偏愛的オペラ話ばかりですので皆様もそろそろ辟易なさっているのではないかと思い、
今回は「行きますよ」ということにだけ触れて感想は書くまい、と思っておりました。
しかしながら、ちっとも奥床しくないため、自分の胸だけに留めておけない、誰かに言わずにはおれない、といういつものパターンです。
ということで、有無を言わさず先ずは「シモン・ボッカネグラ」。
シモン・ボッカネグラは海賊から民衆に後押しされてジェノヴァ総督の地位に就いた、14世紀に実在した人物です。
有力貴族が派閥に分かれて対立していたその頃、同じ国の者同士が争っていたことに胸を痛め、
最後まで平和を願い続けた慈愛に満ちた素晴らしい人物として描かれています。
妻(娘)をめぐっての義父との確執、生き別れた娘との偶然の再会、陰謀、闘争、策略、裏切り、そしてついには義父との和解。
しかし、全てが終焉を迎える頃には時既に遅く、娘が愛する人と結婚したのを見届け、義父に娘を頼み、
婿に総督の座を譲ることを民衆に宣言し、策略により毒を盛られたボッカネグラは息絶えてゆく、、、と、ざっくりこんな話です。
音楽も良いし、あらすじもしみじみと感動的なのですが、何より指揮者、オーケストラ、歌手たちが
楽器に、旋律にのせてそれらをしっかり表現し、各々の熱量が伝わる大変素晴らしい舞台でした。
まずはムーティーありきでこの舞台を鑑賞することを決めましたが、キャストを揃えるのが難しいためなかなか上演されない演目でもあったので、
何としてでも観ないと!と鼻息荒く臨んだ甲斐があり大満足です。
直前の7日間の通しのリハーサルに体調不良で参加しなかったという理由で、世界超一流の歌姫を惜しげもなく降板させたムーティ御大ですが、
彼女の降板をちっとも残念に思わなかったほどの出来栄え。ローマのオケがこれほどのレベルだったのにも驚きました。
派手な歌手はいなくとも底力の備わった歌手陣を揃えており、最もブラボーが飛んだテノールのフランチェスコ・メーリはもちろんのこと、
個人的にはタイトル・ロールを歌ったジョルジョ・ペテアンの慈愛溢れる歌唱と演技力に白旗脱帽でした。
ただ、やはりムーティの存在感の大きさは何者にも比しがたい!彼がピットに入るだけで会場の空気が一変してしまいます。
タクトを上げて振下ろしたその一音ですぐさま完敗でした。全体を引っ張る力強さはものすごく、会場全体がどんどん高揚していくのを感じることが出来ました。
若い頃のムーティはとにかくエネルギーを放出しまくっている感じで、ライブ録音盤のスカラ座「椿姫」なんて音が走りまくっていてものすごく忙しい。
今のムーティーはどこか達観しているかのような素振りを見せながらも、おおっ!とかさすが!とか思ってしまうような演奏が随所にあり、
「帝王」だとか「巨匠」とかいう呼称は伊達ではないことを、当たり前ではありますが再認識した次第です。
ローマ歌劇場はミラノ・スカラ座に及ばないとされますが、ムーティの熱がすごく、オケがそれに応えるべく負けじとついていく、そして歌手たちも追随。
そうなったら観客もついていかないわけにはいかないではないですか!?
よって、すべてが期待を超えることとなったわけで、数年前に観たスカラ座より断然良かった!
中にはムーティの指揮はもういつ見られなくなってもおかしくないから、後悔しないように行くのだ、というファンも数多くいらっしゃったようですが、
またいつかムーティの指揮するオケをライブで聴ける、見られる日が来ますように、と願うばかりです。
さて、ラストもラスト、一番最後のオケの音がフェイドアウトしていくところで、待ちきれない何人かがフライングして拍手。
途端にあちこちから 『シーーーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!』 (これをやられると恥ずかしい)
、、、、、、やがてムーティーのタクトを持つ右手が静かに下がり、宙に留まるのが制した左手だけになった時、時空間が止まったような静寂が訪れ、
ムーティがその左手を静かにおろした5秒後、割れんばかりの拍手とブラボーが起こりました(鳥肌)。
うわーん、素晴らしい。
翌日になっても翌々日になってもアドレナリンの放出が収まらない私。
そして、これを書きながらまた更にアドレナリンの放出が始まった私は、もう誰に何を言われようが、次回「ナブッコ」感想を書く決心をしたのでした。
そんなわけで、もう少しご辛抱してお付合い頂けますと幸甚です。