夢で、また逢えたら

オペラ、バレエが大好き。2009年に人生で初めてジャニーズの嵐と出会い、V6三宅健が気になりだし、2016年春に華麗なダンスとアクロバットで魅せるSnow Manに完全陥落。Je t'aime et je t'aimerai pour toujours.

「ワルキューレ」ウィーン国立歌劇場(2016年10月12日)東京文化会館

客席の照明が落ちて、ライトが灯っているのがピットだけになった時、奥からマエストロ、アダム・フィッシャーが出てきて、待ち構えた観客が期待に胸を膨らませて盛大な拍手を送りました。それがまだ完全に静まらないうちに右手のタクトが降り上がって、オケから第一音が発されました。

 

そのたった一音だけで、鳥肌が立ち、胸が高揚し、涙目になり、やはり思った以上を遥かに超えて、

 

「只者じゃないぞ、このオケは、、、、!!」と思ったのでした。

 

最初のたった1音で明らかに違いを感じるって、本当に恐ろしいしすごい!

 

ここから始まる5時間の長丁場が楽しみすぎて、ともすれば浮いてしまいそうになる背中や腰を、何とか、何とか、身を乗り出さないよう、自分の座席に身を沈めるのに必死でした。

 

指揮:アダム・フィッシャー

ジークムント:クリストファー・ヴェントリス
フンディング:アイン・アンガー
ヴォータン:トマス・コニエチュニー
ジークリンデ:ペトラ・ラング
ブリュンヒルデ:ニーナ・シュテンメ
フリッカ:ミヒャエラ・シュースター
ヘルムヴィーゲ:アレクサンドラ・ロビアンコ
ゲルヒルデ:キャロライン・ウェンボーン
オルトリンデ:ヒョナ・コ
ワルトラウテ:ステファニー・ハウツィール
ジークルーネ:ウルリケ・ヘルツェル
グリムゲルデ:スザンナ・サボー
シュヴェルトライテ:ボンギヴェ・ナカニ
ロスヴァイセ:モニカ・ボヒネク

 

今、ここに敢えてキャスト全員を載せたのは、全てのキャストが素晴らしく、全員が場面場面で主役だったと思ったからです。なんなら、舞台美術や照明、衣装デザインの方々全員をも載せたいくらいです。

大抵突っ込みどころがあるキャスト、演奏者がいたりして、今回さすがのウィーンでも1人くらいはいるのではないかと思っていたのですが、誰もいないのです。誰もが完璧だったのです。ワーグナーをここまで歌い切る、演奏し尽くすとは恐るべし。

 

このキャストを集めたウィーン国立歌劇場に脱帽と感謝と大きなブラボー。

 

今、私は今、本当に脱力しているのです。

かつて、ベルリン・フィルのマーラ-五番を聴いた後に、口からはみ出た魂をずるずる引きずりながら、カラヤン広場を風に吹かれつつふらふらと横切ったことをふと思い出しました。

かつて、ベルリン国立歌劇場の「トリスタンとイゾルデ」鑑賞後に、NHKホールからの長い道を感動に打ち震えて、涙目でよろよろと駅に向かったことを思い出しました。

 

それと同等の、いやもしかしたらそれ以上の感動でした。

 

素晴らしいという稚拙な言葉しか出てこない自分の表現力の乏しさが呪わしいのですが、何せ本当に、何もかもが素晴らしすぎて素晴らしすぎてどうしようもない、今までの「ワルキューレ」は何だったのかと思うほど、やはりウィーンの「ワルキューレ」は別格でした。

 

まず、オケが艶やか。一体どうしたらこの音が出せるのか、どうやって全員でこの音をキープし続けていられるのかと思いつつ、オペラグラスでオケの面々を見ると、何食わぬ顔をしてしれっと演奏をしていて、それがあたかも日常の延長のような涼しい顔で、、、、そう、彼らにとってはこの輝かしい音の全てが当たり前に日常にあるものなのでしょう。

 

何ということ。

凄すぎる、レベルが違う、別格すぎます!。

 

ワーグナー・オペラは体力勝負のオペラだと思うのですが、今回の「ワルキューレ」ではキャスト全員が常に期待以上の歌唱を聴かせ、見せ場ではそれが期待値をはるかに超えて震えがくるほどで、最初から最後まで最高水準。聴いている方の私も、物音を立てたくない、周りの人工的な音を聞きたくない、息遣いまでもコントロールしないといけないような、緊張感のある鑑賞でした。とにかく舞台から届く音以外の何も聞きたくないのです。

でも嫌な緊張とかじゃなくて、構えて聴きたい、リラックスして聴くんじゃなくて、対峙しながら聴きたい、そんな気持ちだったのです。

 

歌手たちが素晴らしい歌唱を聴かせる中、合間を縫うように埋めるオケの演奏もあまりにも緻密すぎて、耳があと2つ3つ欲しいと思ってしまいました。歌唱の合間を縫うオケの音が、まるで最上級の絹の薄い布が会場じゅうに大きくうねりながら広がっていき、そこにあるもの全てをすっぽり包み込んでしまうような感じなのです。

 

とにかく、何もかもを聴き逃したくない。どんな小さな音も全部拾いたい、と思ってしまいました。

 

1幕で、軽いけれど艶のあるクリストファー・ヴェントリスのヘルデン・テノールを堪能させていただいたのですが、2幕のヴォータンとフリッカも素晴らしかったです。

フリッカ役のミヒャエラ・シュースターがすごい貫禄と威圧感。こんな妻がいたら、そりゃヴォータンも大変だ。

彼女の衣装がとても素敵で、びらびら(こんな表現力で情けない、、、、)が一面に施されている暗緑のマントも、その下に着ている、肩のストラップにキラキラと光る石が沢山施されているドレスもとても上品。そして歌。恐らく浮気やりたい放題の放蕩夫をじわりじわりと攻め立てるような感じなんでしょうか?よよよ、と泣きを入れるふりをしつつも圧が凄くてかなわない。そんな感じで怒りに満ち満ちた歌を聴かせてくれました。

 

しかし。しかしなのです!

なにしろ3幕が最高すぎました!最高以上(、、、って一体どこだ?)なのです。

 

ワルキューレの騎行」が勇ましく高らかに鳴り響き、8人のワルキューレたちが歌いながら登場します。このワルキューレたちが格好いいというよりコロコロしていて可愛いのですが、怒り狂ってブリュンヒルデを追ってやってきたヴォータンとのやりとりの間もころころと転がるように舞台を移動し、時にかたまって毛玉みたい(笑)。でも衣装やメイクは決して人間じゃない、そんな独特なファンタジー感もある場面でした。だけど場面はファンタジーというほど微笑ましいものではなく、何せ怒り狂うヴォータンが凄まじい。全員歌が抜群で、朗々と本当に楽しそうに歌うのですが、それがヴォータンの登場により見る見るうちに恐れに変わるのです。

 

怒り狂うヴォータンの登場により一気に緊張が走ったのですが、ブリュンヒルデとのやりとりに移るにつれて、強い絆で結ばれている親子の関係、師弟関係、信頼関係が見えて取れ、それがまた偉大なる神であるヴォータンに俗な人間ぽいテイストを感じさせました。ヴォータンが娘を思う気持ちと、ブリュンヒルデのまだですか?まだそういうことを言う?的な長々としたしつこい懇願が延々と繰り返されるのですが、これはもう本当に最後の最後の懇願で、いつしか涙が止まりません。

しつこいなんて言葉が過ぎるかもしれないけれど、ワルキューレのあらすじなんて、オペラのあらすじなんてどれも単純で、ワーグナー・オペラなんてその最たるものです。陳腐な話なのです!そうなんです!だけどね、だけど、だけど、、、、その陳腐なストーリーが煌くばかりの演奏に彩られ、素晴らしい歌唱でくっきりと輪郭が浮き上がり、この上ない最上級の輝かしい玉手箱のようになるのです。

最初は静かに流れ始めた涙も「ヴォータンの告別」で涙腺崩壊。そんな時ですら自分の涙に気を取られたくないのです。鼻をすすって1音でも聞き逃すことなんてもう許しがたい。流れる涙は放置。そのまま流れるがままにして音だけに集中していたのですが、「ヴォータンの告別」はあまりに圧巻で、圧巻すぎて、凄まじすぎて、、、こんなに素晴らしい公演を見逃さなくて本当に良かった!

  

今回、「ワルキューレ」の最終日に行ったのですが、もしこれが初日だったら間違いなく2回目も3回目(最終日)も絶対に行っていました。

 

私は頑固で偏屈なところがあり、ワーグナーはゲルマン・オケでしか聴かないと頑なに決めています。お気に入りは断トツでベルリン。ドレスデンも好きだしバイエルンもいい。けれど、ウィーンはなんとなく好きになれず、きちんと聴く前から拒否していました。 毎年NHKで放送されるニューイヤーコンサートを見ても全く食指が動かず(そもそもシュトラウスがそんなに好きじゃない。)、私の中でベルリンとウィーンの差は広がるばかり。

ところが、数年前に指揮者の佐渡裕氏がベルリン・フィルでタクトを振ることになった時に放送されたドキュメンタリーの中で、樫本大進氏がワーグナーをきちんと演奏できるのはベルリンとウィーンしかない、というようなことを言い切っていました。

これを見て、だから好き嫌いとかじゃなくて、いつかウィーンもきっちり聴かなくてはならないと思っていたのです。そう思いつつ、なかなか機会がなく延ばし延ばしにしていたのですが、今回、ウィーン国立歌劇場が3演目引っさげて来日公演をするにあたり選ばれた演目は「ワルキューレ」、「ナクソス島のアリアドネ」、「フィガロの結婚」。

さすがにS席67,000円のチケットを2人分3演目というのは厳しいので今回は1演目だけにしましたが、もちろん迷うはずもなく「ワルキューレ」。これを観ると決めていたのです。

 

他の演目も観たかったけれど、ワーグナーだけは外せない。だけど、今となっては、躊躇せずに「ワルキューレ」を選んで良かったと思います。あれは観るべき舞台でした。観なければ、今頃はネットの感想を読んで、布団の端を噛んでキリキリしていました(笑)。

 

感情の赴くまま書いたこの文章は、感情の投げつけだけで、書きたかった舞台の詳細をも共有できてもいません。

けれど、私がどんなにこの舞台に感動したかということだけでも共有できていれば、それは嬉しいことだと思っています。

 

駄文にお付合い頂きありがとうございました。